12.Sep.2017
Art

暗闇で体験する見えない演劇

テアトロ・シエゴ

暗闇で体験する見えない演劇

 ブエノスアイレスの通りを歩いていると、アート気質が高く、繊細で、クリエイティヴなアルゼンチン国民らしい劇場、その名も「テアトロ・シエゴ(盲目劇場)」が目に入ってくる。アルゼンチン国内ではこどもから大人まで特有のシステムで高い人気を誇っている。世界的にも、テアトロ・シエゴは大きな影響力を持つようになり、「アートは見えない、感じるものだ」という独特のスローガンが定着するようになった。

 物語は1991年にさかのぼる。アルゼンチン中部コルドバ州で、リカルド・スエーと俳優たちがチベット僧の暗闇での瞑想にインスピレーションを受けて始まった。カラメロ・デ・リモン(レモンキャラメル)というタイトルの演劇で、全て暗闇の中で行われた。真っ暗闇という独特のシチュエーションでの演劇は次第に話題になるようになり、1996年にはスエーの指揮でフランス人の俳優たちが「ボンボン・アシドゥレー」というタイトルでパリのコリーヌ国立劇場で演劇をおこなうにいたった。

 2001年にはカラメロ・デ・リモンで俳優を務めたヘラルド・ベンタッティがホセ・メンチャカとともに暗闇で「Ojcuro」を指揮。創立時の配役と大きく異なる点としては、俳優のほとんどが盲目であることで、ロベルト・アルルトの「無人島」の翻案を行った。現在ではブエノスアイレスの文化発信基地としての役割を担っているコネックス文化センターにて行われており、演劇を「感じる」ことができる。

 もし暗闇で何を見ることができるかと訊かれてもはっきりとした答えを用意することはできなかっただろう。簡単に思えるが、そうではない。

 さて、会場前に着くと、80~90人がホールへの入場を待っていた。

 その後、2人の案内人が登場。もし暗闇に耐えられなくなったら助けを呼んでもらえれば、すぐに救助に向かうとのことだそう。入り口に到着すると他の参加者の肩を持って「列車」をなして入場する。盲目の世界へようこそ。やっとのことで指定された席へ腰を下ろすことができた。

暗闇で体験する見えない演劇

 席につくと、声だけの世界が始まる。自分はいったいどこを見てどこに座っているんだろう。プログラムの開始まで全てが予定通りに進捗し、次第に役者たちが演技を始めると、音がまるで触覚や嗅覚をもったかのように聴衆の肌と精神をつつみこんでいく。アートを愛する盲目の人たちによる演劇が奥深いメッセージを送ってくれた後、このアートを手にとるように見て、感じることができたといえよう。

暗闇で体験する見えない演劇

 2008年7月4日にヘラルド・ベンタッティとマルティン・ボンドーネはアルゼンチン・テアトロ・シエゴ・センターを設立。世界で初めて暗闇で劇を行う劇団の正式な発足となった。従業員の半数が盲目であり、盲目のアーティストの貴重な職業機会にもなっている。

 ここ数年間で独自の成長を遂げ、こども向けのプログラムや暗闇でのグルメ・ディナー、ライヴショーを実施しており、聴衆が聴覚、嗅覚、触覚を駆使して忘れられない経験ができる。

By Viajero Celeste