13.Nov.2017
Art

ル・コルビュジェがアルゼンチンに残した名建築

「クルチェット邸」

 近代建築の三大巨匠の一人フランス人ル・コルビュジェが設計した邸宅がラテンアメリカで唯一、アルゼンチンのラ・プラタ市に存在する。ユネスコの世界遺産にも登録されたそのクルチェット邸は、ラ・プラタ駅から徒歩15分。放射状に計画的に設計された街の1通りと53通りという、大学都市の象徴でもあるラ・プラタ大学の施設が集中する重要な通りに位置する。

 ラ・プラタ大学で学んだ医者であるペドロ・ドミンゴ・クルチェット氏は、1948年邸宅のデザインを当時世界で最も先進的な建築家の一人であったル・コルビュジェに建築を依頼し、1953年に竣工した。1989年のクルチェット氏の逝去後、20年あまりに渡って放置されてきたため、保存状態は必ずしもよいとはいえないが、改修を経て現在はクルチェット氏の遺族の委託を受けた建築家団体の手によって一般に開放されている。

 そのおかげもあってかピロティ、屋上菜園、自由な平面、水平連続窓、自由なファサードというル・コルビュジェが唱えた近代建築の5原則が要所に散りばめられているこの邸宅はアルゼンチンの建築家であればまず訪れる巡礼地の様を呈するほどにもなった。

ル・コルビュジェがアルゼンチンに残した名建築
ル・コルビュジェがアルゼンチンに残した名建築
ル・コルビュジェがアルゼンチンに残した名建築
ル・コルビュジェがアルゼンチンに残した名建築
ル・コルビュジェがアルゼンチンに残した名建築

 ファサードは当時としては画期的だったという水平窓を除けば周囲と溶けこんでいて、さほど奇抜なものではないが、家の中に入るとまず大きな木が目の前にそびえる姿が目に入ってくる。木は邸宅を縦に貫通しており、芝生が広がる外のリバダビア公園と内の世界の一体感を生み出す上で重要なエレメントとなっている。

 さらに木の横にはコルビュジェ建築の代名詞ともいえるピロティ部分に緩やかなスロープが二つ連続して続く。階段ではなく、あえてスロープを使うことで、空間が立体的に見え、徐々に家の内部へと導入される。ここに住むものは内と外が次第に交錯していくこのスロープを降りたり上ったりする度に心を落ち着かせることができるという一種の儀式的な意味も持つことだろう。

 ル・コルビュジェは建築以外にもインテリアのデザインにも長けていたことが知られるよう、キッチンやトイレにも機能的な仕組みが数多く施されている。特にキッチンは小さいながらも全てが手の届く範囲に配置され、南フランスに建てたカブ・マルタンの休暇小屋を思わせるミニマルな機能性を持っている。

 1948年竣工開始され、この建築の依頼を受ける20年前の1929年、若かりし頃のコルビュジェが建築を巡って世界を旅した際に、ラ・プラタの地を訪れていたことは注目に値する。設計の際に実際に彼の地を訪れることはなかったが、この20年前のラ・プラタの街の記憶は建築の構想を練るに当たって、はっきりと彼の記憶の片隅に残っていたに違いない。当敷地の裏には建築学校があり、モダニズム建築の巨匠ル・コルビュジェの教えは遠く離れたアルゼンチンにおいても確かに根付いていることを知らせてくれる。

 施設の内部の様子はガストン・ドゥプラット、マリアノ・コーン両監督が有名建築家と隣人とのトラブルをブラックコメディー的に描いたフィクション映画『ル・コルビュジェの家(Hombre de  al  lado)』や、ドキュメンタリーフィルム『住む機械(Máquina de habitar、日本未公開)』の中でも観ることができる。