ふんわり酔っ払いの木
ブエノスアイレス綿景色
クリスマスでもお正月でも、その日が来るまでの飾り付けや、ご馳走の仕度ほど楽しいものはない。1年ぶりにツリーを出して、飾り物をひとつひとつ丁寧に点検しながら吊るしていく。天辺に星を被せ、電気のイルミネーションを螺旋状にかけて、ひと仕事した後の満足感に浸りながら、しばしツリーを眺める。が、何かが足りない。雪だ。真っ白な綿を丁寧にちぎったり引き伸ばしたりして、所々にうっすらと載せると、雪化粧をしたクリスマスツリーが出来上がる。
冬、ブエノスアイレスの街では、真っ白い綿飴のような塊をポコポコとつけた不思議な木が出現する。南米のクリスマスは夏なのだから、当然クリスマスツリーではない。通称、酔っ払いの木と呼ばれて親しまれている、Ceiba speciosaという木のことである。ぽっこりとお腹が出たような幹が瓶の形に似ていることから、ボトルの木と呼ばれたり、また民話などからは懐胎した母のイメージや、女の一生を比喩する木として語られている。クリムトの「女の三つの時代」のように、1本の木の成長が、娘、母、老婆の各世代の変化を思わせるからである。
一見すると風采は愛嬌に富んでいるが、実はそうでもない。木の表皮はうっすらと緑色を帯びており、そして無数の棘がある。この棘はしっかりと堅くて、「我を甘く見ることなかれ」と威嚇されているようだ。美しいものには棘がある。さてこの棘で何を守ろうというのか。実はこの木は旱魃(かんばつ)に強く、幹には水分を蓄えている。すると棘は、水を守るために発達したのだろうか? サボテンに棘があることを思うと、乾燥地帯で生き抜く植物の知恵なのだろう。木材として乾燥させた幹は非常に軽く、昔の人々はカヌーの材料として利用していたという。
ブエノスアイレス市の多くの酔っ払いの木には、花弁が濃いピンクで中心が黄色い派手で巨大な花が咲く。南米の珍奇な鳥が密集しているようで、グロテスクなほどだ。この色の花を咲かせる木は意外とほっそりしている。同じ酔っ払いの木でも白や薄い黄色の花をつける種類もあり(Ceiba chodatii)、こちらの方が、子沢山の母のような貫禄ある瓶型の姿をしている。
さてこれらの花が15cmくらいの大きなアケビのような実をつけると、中には種子が白い綿に大事そうにみっちりと包まれて眠っている。絹のように滑らかで艶々とした綿は、とても軽くてクッションや手芸の詰め物、また断熱性に優れているので救命ベストにも利用されてきた。繊維が短いので紡績には向かないが、実が割れると、風で細かく散った綿で周囲がうっすらと白くなり、まるで雪化粧をしたかのようになる。
実はブエノスアイレス市は、雪が降らない都市と言っても過言ではなく、南部のパタゴニア地方や、雪が降る外国を旅したことがない市民は、雪を体験したことがない。2007年の7月9日、ちょうどアルゼンチンの独立記念日に市内で雪が降った時は、さほど積もったわけではないにもかかわらず、大きなニュースとなった。子供も大人も興奮して、外に飛び出さずにはいられなかった。それもそのはず、その前に市内に降雪があったのは1918年6月22日、実に89年ぶりであったからだ。
ブエノスアイレスの都会では、このように大変珍しい雪なのであるが、毎年こうして幻想的な綿の雪景色を眺めることができる。春を感じさせる明るい陽光のもとで、ふわふわした純白の綺麗な綿が、木の下にうっすらと積もっているのは、まるでお伽話の一場面のようである。