マンションでのアサード
パリガスの活躍
アルゼンチンの食文化においてアサードは日常の一部である。(ここでいうアサードとは、炭や薪を使用してバーベキューのような方式で調理した肉のことを指す。) そうした炭火焼きの肉を堪能するためには、専門のレストランに行くことはもちろんだが、家庭における場合、炭火焼設備の有無や、それを楽しむ屋外の適切な場所の有無などといった事情がある。けれども多くの人々は、そんなことは支障にはならない、と考えている。
アルゼンチンの人々は当然、準備の過程も含めて「集まる」ことを楽しむ。だからアサードを食べるということは、単に肉を食べるということだけではなく、それ以上の意味がある。招待主は肉を焼く準備をしながら、家族や友人らを迎え、炭や薪に火を起し、ワインと共にピカーダと呼ばれる様々な種類のチーズやハムやサラミの盛り付けを客に振舞う。肉が焼きあがるまでの間、ワイン片手に陽気なお喋りをしながら、皆で時間を忘れて寛ぎのひとときを過ごす。
アサードを愛する人々にとって、そういった場所を持っていないということは、つまりマンション暮らしをしているため、料理する喜びを味わうスペースがキッチンしかないというのは、実に不自由なことである。しかし、だから仕方が無い、とはアルゼンチン人は考えない。
数十年前から、ガスコンロ用のパリージャ、つまり炭火焼きを代替するグリルが使われ始めるようになった。一般的にパリガスと呼ばれている調理器具である。円形上の本体には、コンロ部分が顔を出す開口部が中央にあり、その上には、そこに焼きたい食品を載せる本体と同じ形状のグリル用プレート、更に蓋がその上に配置されるという仕組みである。
コロナウィルスの感染拡大が始まってからこの数ヶ月、不要不急の外出禁止となったため、レストランはほぼ閉鎖状態に陥り、共有の場所で集まることも禁止されたので、各自が自宅に引き篭もっている。しかしそれで、伝統的な食事の楽しみ方が妨げられた訳ではなかった。その間、マンションでも炭火焼と同じように焼けるというこのシステムが、以前にも増して活用される機会が増えたのである。
気持ちの上ではいつも一緒にいてくれる家族や友人達と、また再び集えることを待ち望んで新しい生活様式で暮らしていくなか、マンション暮らしの人々にとってはパリガスが「庭付き一軒家でのアサード」と変わらない料理の喜びを与えてくれるのである。
D.A.