19.Mar.2021

定番の菓子 アルファホールの郷土色

甘くて美味しい 甘いから美味しい

アルゼンチンを訪れた際、土産物としてアルファホールというお菓子を購入された方も多いことだろう。そして、家庭や職場などで好評を博した、とはいかなかったのではあるまいか。もし好評であったなら、賞味した方々はかなりの甘党である。前世がアルゼンチン人だったのかもしれない。というほど、アルゼンチンは大の甘党の国であり、「甘くなくて美味しい」などという奇妙な表現は存在しない。本来お菓子は「甘いから美味しい」のに決まっている。だが、それにしても「甘ければ甘いほど美味しい」となると、この味覚について来られるのはミツバチとアリくらいしか思い浮かばない。

さてこのアルファホールとは、円形状の2~3枚の生地にドゥルセ・デ・レーチェというキャラメルペーストを挟んだものが定番である。これはアルゼンチン発祥の菓子ではなく、もともとはスペインのアンダルシア地方で生まれたとされている。この地は中世にモーロ人が支配していた時代があり、その頃に中東の菓子がもたらされ、その後スペイン人によって現在のアルファホールの原型が誕生したと言われている。

新大陸が発見されて以降、スペイン人によってラテンアメリカにアルファホールが持ち込まれた。よって南米諸国でアルファホールが存在するが、アルゼンチンほどこのお菓子を製造・消費している国はないだろう。詳細は諸説異なるものの、およそ19世紀半ば頃には国内初のアルファホールが製造されたという。そして一言にアルファホールといっても、それなりに種類や郷土の特色がある 

定番の菓子 アルファホールの郷土色
ドゥルセ・デ・レーチェ 濃厚で滑らかなキャラメル味

地方別の代表的な特色を紹介しよう。

ブエノスアイレス州
ブエノスアイレス首都圏の人々が、夏の避暑地マル・デル・プラタ市のお土産として買ってきたアバナやバルカルセというメーカーのアルファホールが有名。特にアバナ(HAVANNA、Hは無音なのでハバナとは読まない)は全国的にチェーン店を展開し、アルゼンチン土産として知れ渡っている。微かなレモンの風味がする生地に、ドゥルセ・デ・レーチェを挟み、チョコレートまたはメレンゲでコーティング。

定番の菓子 アルファホールの郷土色
マル・デル・プラタ市のお土産は、今ではアルゼンチン土産の定番商品。

一方、一般的な菓子店やパン屋では、ふっくらと分厚い生地にドゥルセ・デ・レーチェを挟み、ココナツをまぶしたアルファホールが定番商品。生地はコーンスターチを使っているので、ほろほろとした優しい食感が特徴。どこか懐かしい素朴な甘さは、涙も自然に乾いていくような、ほっとする安心感を与えてくれる。各家庭で作られるのはこのタイプ。
またクッキー生地を使ったミニサイズのアルファホールなど、いくつかの種類があり、喫茶のお供にちょうど良い。

定番の菓子 アルファホールの郷土色
ブエノスアイレスのアルファホール

サンタ・フェ州
軽く膨らんだ薄い生地を重ね、その間にドゥルセ・デ・レーチェを挟み、全体または上下をメレンゲでしっかり覆う。生地はパリパリとした食感で、ごく僅かに塩気があるので、甘さのバランスが良い。優雅に食べるのには修行が必要。しかしその魅力には抗えない。

定番の菓子 アルファホールの郷土色
サンタ・フェのアルファホール Photo by Diego Saavedra

コルドバ州
やや小ぶりで固めのスポンジタイプの生地2枚に、マルメロのジャムなど果実ジャムを挟み、メレンゲで薄化粧する。当然、ドゥルセ・デ・レーチェも定番の味のひとつ。

定番の菓子 アルファホールの郷土色
コルドバのアルファホール

メンドーサ州
カカオの生産地ではないが、山脈があるためかスイスなどのようにチョコレートが有名。アルファホールは、固めのスポンジ生地にドゥルセ・デ・レーチェを挟み、チョコレートでコーティング。冷やすとチョコがパリパリするので違う食感を楽しめる。

定番の菓子 アルファホールの郷土色
メンドーサのアルファホール

トゥクマン州
トゥクマンといえば、ジェノバの少年マルコが母と会えた地として記憶されている方もいるのではなかろうか?この州の代表的な生産物はサトウキビであり、その郷土色がアルファホールにも反映している。生地は、均一な厚さのしっかりとした固めのクラッカータイプで、円の中央が軽くくぼんでいる。そして、間には名産サトウキビの糖蜜のメレンゲを挟む。いかにも甘そうだが生地自体は甘くないため、意外とあっさりしている。

定番の菓子 アルファホールの郷土色
トゥクマンのアルファホール

パタゴニア地方
ウシュアイア州やリオ・ネグロ州など、アルゼンチン南部のパタゴニア地方では、その地で採れた果物のジャムを挟んだアルファホールがある。見た目がブルーベリーに似ている、黒味がかった青色のカラファテという果実が有名。カラファテを食べるとまたこの地に戻ってくるという言い伝えがある。それほど美味しいということのようだ。

定番の菓子 アルファホールの郷土色
赤や紫の木の実で作るジャムは、「森の果実のマーマレード」と呼ばれる。

国内旅行をすると、その地方のアルファホールをお土産に買うのが一般的だ。日本のお饅頭のような存在といえよう。ターミナルの土産物店で買い求めるよりも、できれば歩き回って地元で愛されているアルファホールの銘店を発見したい。観光地として有名なスポットより、稀ではあるが、ごく普通の町に古き良き老舗があったりする。工業化されておらず、素朴な材料によって作られた菓子の懐かしい甘さは、祖父母の時代からの変わらない味。マテ茶やコーヒーの苦味とよく合い、甘さがしみじみと心に染みる。甘くて美味しい、それは自分にとって愛おしく懐かしい記憶への時間旅行なのである。