24.Jul.2020

セバ•イバーラ:大地と木々の鼓動

文:グスタボ・アルバレス・ヌニェス

ようやくこの時が来た。

セバ・イバーラ(1975年生まれ、アルゼンチン・チャコ州出身)の新作はしばらく音沙汰のない状態が続いていた。「ティエラ・ベルデ」という子供向けのプロジェクトと、様々な都市を周遊して、その地域ゆかりの歌手をセバ本人がセレクトする「ルタ・ナシオナル・カンシオン」というコンサートを除き、3枚目のアルバム『インフレナブレ・パライソ』(2012)以来、彼の声を聞く機会はなかったのである

しかし、数ヶ月前に吉報が届いた。セバ・イバーラの4枚目のアルバム『トド・エラ・プリメーロ』   https://spoti.fi/2zSC5P0  がクルブ・デル・ディスコ・レーベルから発表されたのだ。このアルバムに収録されている「ドス・ケ・ノ・テニアン・ナダ」や「フレチャ・エン・エル・ビエント」などの作品には、彼の音楽の基盤となるリトラル地方の芳潤な香りが漂っていた。

セバ•イバーラ:大地と木々の鼓動
アルバムジャケットデザイン:キケ・アリス・ルセロー(Kike Aris Rousselot)

2011年、第一回アルゼンチン文化産業見本市(MICA)がブエノスアイレスで開催された際、セバ・イバーラは「ニーニョ・パラナ」をライブ収録し圧巻のパフォーマンスで観客を魅了し、その場に居合わせた日本のCDのディストリビューターである(株)ラティーナが後に彼の作品を取り扱うこととなった。2014年には、同じく日本でCDの輸入販売や企画制作を行う大洋レコードから「ニーニョ・パラナ」のコンピレーションアルバムが制作され、カエターノ・ヴェローゾやジルベルト・ジルをはじめとした、ブラジルの偉大なアーティストの作品が並ぶ同レーベルの中で、セバの作品が並ぶことになったのである。イバーラは当時のことをこう語る。「ミュージシャンになると決めた時、いつか自分の歌がどこか遠くの国で流れることを夢見ていたんだ。綿密なやりとりを経て日本で編成が行われた後にレコード会社から小包が送られてきたんだけど、 完成したアルバムを手にした時は本当に嬉しかった。 歌詞もきちんと日本語に翻訳されていて、 それを見た瞬間、僕の夢は実現したんだって実感したよ。自分の歌が未知の風景の中にある誰かの家で聴かれてるんだってね。」

セバ・イバーラが透明感溢れるメロディーに合わせて、思いを馳せるチャコ州の首都レシステンシアこそが未知の風景だ、という読者も多いはずだ。そんな彼を差し置いてレシステンシアを語れる者がいるのだろうか。「レシステンシアは平野に位置し、夏は猛烈に暑いけど春と秋は穏やかで国内で最も過ごしやすいとも言われている。川や緑に囲まれ、様々な芸術が繁栄した活気のある街さ。レシステンシアでやりたいことがたくさんあるからここに居るんだ。」と彼は言う。

セバ•イバーラ:大地と木々の鼓動
写真:ステファン・アイアンサイド / Photo by Stephen Ironside

最新作『トド・エラ・プリメーロ』の特筆べき点として、その濃密なサウンドが上げられるだろう。パーカッショニストのブルーノ・ゴンサレスとアリート・フェルナンデスが参加しているところに手がかりがありそうだ。この2名のパーカッションにギターとヴォーカルが織り交ざることでイバーラの作品に新たな風を吹き込んでいる。彼はこのように述べている。「作品の意図として、大地や木々の香りが感じられるようなものにしたかった。プロデューサーのエステバン・ぺオンによってエレクトロニックなサウンドも取り入れながら、職人的な工程で仕上げていったんだ。だからこそ、躍動感が生まれ、生きた音楽になったと実感しているよ。」

躍動する、生きた音楽。それは新作『トド・エラ・プリメーロ』に収録された10曲に息吹を吹き込んでいる。それ故に、このリトラル地方の宝石とも言える美しきアルバムはフリアン・ベネガスの『デ・バルコス・イ・デリバス』、チトリーリの『ポルティン・デ・グドゥアン』、トレモールの『プロア』、フアニート・エル・カントール『12カンシオネス・デ・アモール・イ・ウナ・ボテージャ』、ルチョ・ゲデスの『マニャーナ・ナディエ・セ・アクエルダ』やブラジルのレニーニ『イン・シテ』、フィト・パエスのアルバムなどと肩を並べる作品と言えよう。

セバ•イバーラ:大地と木々の鼓動
写真:ステファン・アイアンサイド / Photo by Stephen Ironside

「フレチャ・エン・エル・ビエント」でセバ・イバーラはこのように歌っている。

「大地から作られた、風から作られた/雲から作られた、炎から作られた/その上にいるのが私なのだ」

自然との繋がりなくして彼の作品が生まれてこなかったように、彼は自分が見るべきものを見失うことはなかった。「自然に対して言及していない作品もあるけど、それらを見てみると人間の行動に関して述べていたりする。しかしそれだって自然について語っていると言える。物事には様々な側面があるけど、そこに逃げ道があるわけじゃない。我々自身も自然そのものであり、ある種の動物に過ぎないことを歌の中で強調したいんだ。」そのこだわりはラテンアメリカらしい表現にも貫かれ、広大な大陸に広がる様々な音楽的表現を自身の作品に積極的に採り入れている。イバーラは言う。「ブラジルの歌手レニーニが大好きで彼を指標にしているんだ。ウルグアイのホルヘ・ドレクスレルにも影響を受けているよ。子どもの頃から伝統音楽とロックを組み合わせたレオン・ヒエコの作品もよく聞いてきた。彼が作りあげた道を今僕が辿っているんだね。」

Seba Ibarra "Flecha en el viento"

アルゼンチンの特定のエリア(ブエノスアイレス州やチャコ州など)では新型コロナウイルスの感染拡大により、すでに100日以上に渡る長期的な戦いを強いられている。この外出自粛期間を彼はどのように過ごしているのだろうか。「自粛生活は色々と興味深いものだよ。当初はミュージシャンとして働けなくなることに不安だった。でも現状に対して自分も変わっていかなければと理解して、今はYouTubeを通してライヴストリーム https://www.youtube.com/channel/UC83-54vmFDwEnYF0Y_2_f7A を毎週金曜の21時(日本時間の土曜9時)から行っているよ。それが自分にとって大事なことだって気づいたんだ。仕事として働くためだけじゃなく、歌そのものが僕の人生に必要なことなんだってね。」

 

セバ•イバーラ:大地と木々の鼓動